Requiem 〜Reborn〜(ノベライズ版)

Gackey


〜それはわかっていた。明日で世界が終わる〜


=1440分前=


朝起きてテレビをつけたら、何やら様子が変だった。いつもの番組をやっていない。緊急特番らしい。チャンネルを変えても、どこも内容は同じだ。


どうやら某国との和平交渉が決裂して、24時間以内に交戦が開始されるらしい。核兵器を積んだミサイルが大量に配備されている衛星写真が、大写しにされている。当然ミサイルを搭載した原子力潜水艦も、我が国周辺に集結しつつあるんだろう。


何年も前から、考え方も思想も異なる某国とは折り合いが悪かった。ここしばらくは世界中が、和平交渉の行方を見守っていた。だが意見の一致をみる可能性は限りなく低いというのが、もっぱらの話だった。ついにその時が来たということか。


スマホを見たら会社からメッセージが入っていた。今日のオンラインミーティングは中止だそうだ。まあ仕方がない。そりゃそうだろう。みんな仕事をする気分じゃない。


突然する事がなくなってしまって、とりあえず外の空気を吸おうと窓を開けた。窓の外はいつもと変わらない風景。あの山々や生い茂る緑の木々も、みんな消えて無くなってしまうのだろうか。空を飛ぶ鳥たち。ごめんな、君たちにはなんの罪もないのに…



=720分前=


テレビでは総理大臣が額に汗をかきながら、記者からリモートでの質問責めにあっている。まあこの総理の力量では、戦争回避など無理だという事はみんな気づいていた。同盟国の連中も、今頃舌打ちをしながら応戦の準備を進めているんだろう。あとはどちらが先に核のボタンを押すかだけだ。いつもは訳知り顔しているコメンテーター達が、マスクも外して大声で怒鳴り合いを始めてる。残念だけど、あなたたちが今さらいくら言い争ったって、もうこの流れは変わらないよ。


なぜかスマホに保存してある昔の写真を見てみたくなった。小さい時に兄妹と故郷の家の前で撮った写真。解像度は低いけど、今でもあの頃のことは鮮明に思い出す。家の前の道は、小さい頃はすごく広い道だと思っていたのに、大人になって帰った時にはあまりに細い道で、びっくりしたのを覚えてる。一緒に遊んだ近所の公園。みんなで鬼ごっこしたなあ。そういえば妹がブランコから落ちて、大泣きしていたっけ。この公園も道も、もう見る事はないんだな…


ふと思う。最後の時を、僕はいったいどう過ごすんだろう…今言えることはただ一つだけだ。


…君と共にいたい…



=360分前=


だいぶ以前に、コロナウイルスの変種が世界中に蔓延した事があったらしい。何年も人々の生活に影響したという話を聞いた事があるけど、今思えばかわいい話だ。


昨年から流行し始めた新型のウイルスは、強毒性を持ちながら感染力も高いという厄介な代物だ。致死率も高く、ネットではシン・コロナと呼ばれてる。おかげでこの一年、人的交流は各国政府の厳しい統制下に置かれている。渡航はもちろんのこと、外出も許可がなければままならない。それでも世界中の人口は激減した。


この息苦しい世の中の終止符を打つのが、核戦争だというのがなんともやりきれないが、感染の恐怖から逃れられると思えば、それもまたよしか。


心なしか喉が痛む。微熱もあるような気もするが、今となってはもうどうでもいい…



=180分前=


今でも悔やんでいるのは彼女の事だ。些細な事で喧嘩をした。お互い、意地を張って仲直りができなくなった。SNSは全てブロックされた。そうこうしているうちにシン・コロナだ。会いに行くことも謝ることもできなくなってしまった。


彼女とは本当に気が合った。いつも他愛無いおしゃべりをするだけで楽しかった。温かい肌に触れているだけで心が落ち着いた。だけどもはや、それは叶わないことだ…


ふと思いついた。そうだ、もしかして、あそこにいるかもしれない!なぜ今まで気がつかなかったんだろう!


急いでゴーグルを被りメタバースのワールドにログインする。AIアバターに彼女の情報を入力して探してもらおう。AIアバターは、スマホ内のすべての情報、履歴を元に、個人の性格や行動様式を記憶し学習している。詳細なデータがあれば、アバター間のネットワークで、かなりの確率で特定できるはずだ。見つかるといいんだが…


…いったい君は、最後の時をどう過ごすつもりなんだろう。もし一人で淋しく震えているのなら…


僕と共にいよう。



=60分前=


スマホから通知が来た。どうやら見つかったらしい。急いでメタバース空間の指定された店に向かう。懐かしいな。リアル空間でよく一緒に食事した店だ。


店の奥、いつもの窓際の席に彼女はいた。

「…やあ…」

「…お久しぶり…」

アバターの彼女は少しキレイになっていた。仕方がない、自分だって少し背が高くなってる。

「こんな時に…ごめん」

「ううん、嬉しかった…」

見ると彼女の瞳には涙が溢れている。きっと寂しかったに違いない。

「あの時のことは…」

「もう…いいの」

こちらの言葉を遮ると、俯きながらかぶりを振った。震えている両手を、包むように握った。温かい…バーチャルな感触だけど、鼓動まで伝わってきた。

「ホットココアを頼もうか?好きだったよね」

「そうね…」

ココアを飲んでいるうちに落ち着いてきたのか、彼女の顔に微笑みが戻ってきた。この世で一番好きだった笑顔だ。温かい湯気に包まれて、二人とも残された時間が僅かなことなど忘れていた…



=1分前=


「僕はもう、逃げたりはしないよ。最後の瞬間まで一緒にいよう。君に触れていたいんだ。最初に出会った時から決めていたんだよ。」

我ながらキザなセリフだ。でも彼女は頷きながら見つめ返してくれた。なんて綺麗な瞳なんだ…


突然、耳をつんざくような大音量で、アラートが鳴り響いた。来るのか?!


ふと窓際の白い花に眼を移す。その時…



世界が真っ白な光に包まれた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


眼が覚めた時には、自分の部屋にいた。肩にもたれるように、彼女がすやすやと眠っている。

「おはよう…」

「…うん…」

まだ眠たそうな彼女をそっと寝かして、窓を開けた。いつもと変わらない風景が広がっている。


世界は終わっていなかったのか?それとも今の自分はアバターで、これはバーチャルな世界の中なのか?はたまた、今までリアルな世界と思っていたものが、実はバーチャルの世界だったのだろうか…それとも…


…もうそんなことはどうでもいい。大事なことは、今ここに彼女がいる。この温もりは偽りなんかじゃない。


これからは、ずっと一緒だよ。いつまでも、いつまでもずっと…



=完=



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